2016年01月08日

【報告】第21回フランス文化講座『パリ・モードの世界で生きて』

今回の文化講座は、協会初のモード(ファッション)をテーマにした講演会でした。

講師を務めたのは、パリでモデリスト(パタンナー)として活躍していた会員の福岡絹恵さん。経歴をうかがうと、国内のコシノヒロコで勤務後、 2006年に渡仏、ジョン・ガリアーノ(自身のメゾン。ディオールなどのデザイナーを経て、いろいろあった後、今はメゾンマルタンマルジェラのク リエイティブディレクターも務める)、バルマン(ピエール・バルマンが設立したメゾン。クリストフ・デカルナンが就任後にコレクションを再開した ころ)、サンローランパリ(「イブサンローラン」の頃に入社し、サンローランパリに変わる時期にも重要な仕事!をされたとのこと)など、パリでの 8年はファッショニスタならクラクラする経歴の持ち主です。

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まずフランス語の話。福岡さんは、フランス語ができない状態で渡仏されたそうです。現地の専門学校で学んだ時にも授業の内容で理解できる部分は 10-20%程度。聞き取った単語をメモして、家に帰っては調べる毎日だったそう。とはいえ、日本での実務経験があり、成績はよかったそう。

さて、学校を終わってからは「なんでこの話を、この福井で聞いてるの」って内容がノンストップで続きます。まず研修したジョン・ガリアーノのメゾ ンではタイミングが合わずに採用に至らず、次に決まったのがバルマン。ここから、華々しい経歴が始まります。作品がプランタン(デパート)のポスターに採用され、マドンナやマイケルジャクソンの衣装などを製作。ただ仕事は極めて多忙を極めていたそうです。

次のイブサンローラン(当時)ではもっとよい条件で働けたとのことですが、そこでデザイナーがエディ・スリマンに変わる時期も経験されています。 講演では、そのエディの(女性)服作りの考えや人柄、ちょっとプライベートな立ち入った話なども聞けました。そう、あのガリアーノも、実際はとてもまじめな方だそうです。

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ところで、パタンナーという仕事は、端的に言うとデザイナーのデザインを実際の服に落とし込んでいく仕事。バルマンのデザイナーは上手なデザイン画を描くタイプでしたが、デザイナーによってはシーズンのコンセプト的な考えを伝え、そこから服を作っていくタイプも多いとか。それでもセンスが半端なくよく、すばらしいコレクションを作り上げることができるのだそうです。

このほかにも衣装の製作については、ダフトパンクやブラピ+アンジー、ケイト・モスが結婚したときのマリエなども手がけられました。思い出の作品として上げられたバルマン時代の革のドレスは百以上のパーツで作られていて、実際に服の一部として使われたパーツの細工は現物を見せてくれましたが、こうした話のところどころから、モードを支える手仕事のすごさも伝わりました。またメゾンによっては、働く人同士のあんなことやこんなことなど暗黒面のお話もちらり。超有名メゾンでも、アトリエの雰囲気が超悪いところもあるとかないとか。

紙幅を押さえるつもりなのに、これだけ書いてまだ内容の10%も伝えられていないし、本当に面白かったこと(各種裏事情等)は書けない。それくらい楽しめたお話でした。
(デザイナー氏各位の敬称略)

文:Y.H






posted by olivier at 23:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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